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家に育てられて脱落した子、社会に育てられて成功した子 ~林真理子『下流の宴』~

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日経ビジネスオンラインで取り上げられていたときから気になっていた本です。
毎日新聞の連載小説だったのですね。

話はおもしろかったんですが、読みながら自分のことをいろいろ思い出して、実際のところなかなか前に進めませんでした。
登場人物はどこにでもいそうだけど個性的で、自分の周囲の人にも少しずつ似ていて、話のいろんな糸口からさまざまな思い出がよみがえってきたりするのです。
中流家庭というプライドから絶対息子を脱落させたくない母・由美子、見栄っ張りで玉の輿を狙う長女・可奈、勉強に目標を見出せず高校中退する長男・翔、翔がオンラインゲームで出会った恋人・珠緒。

由美子は私の母に少し似ていて、母は家の格を強調したりしなかったし(そんなものなかったので)、ティーカップにこだわったりもしなかったけど、教育にはかなり熱心だったし、近所の恵まれない家の内情を子どもの私に話して聞かせたりすることがありました。
翔は私の上の弟に少し似ていて、いきなり結婚するなどという話はなかったけれど(むしろあってほしかったような・・・)、中高一貫教育校で実質的にドロップアウトし、一時は引きこもりのようになって母をやきもきさせたものでした。

私の母は、父(私の祖父)の病気で大学進学を断念し、失意のうちに全寮制の看護学校に入学。
第一子の私を産んだのは22歳のときでしたが、子どもは全員大学まで行ってもいいようにかなり早くから意識していたように思います。
家計は楽じゃないはずなのに、私立中学に行きたいという私の希望を意外とあっさりOKし、そればかりか受験のための塾も母が探してきて、あれよあれよと二人の弟まで中高一貫校に通わせることになってしまいました。
しかし、子どもたちの学校の成績は母の理想とはかけ離れていました。
三社面談で「このままでは大学進学は難しい」と言われた母の怒りは激しく、物を投げつけられたりするのは日常茶飯事でした。
まあ、時はめぐって大学進学は難しいと言われた長女(私)と次男は大学院まで進学してしまい、なんとか3人とも定収が得られているのだから、この社会環境を考えれば御の字だと思うのですが、果たして母の理想像とはどんなものだったのだろうかと、いまでもたまに考えます。

私は田舎育ちで小学校はもちろん公立だったので、大学進学などはじめから人生設計に入っていない子どもも周囲にたくさんいました。
珠緒はそんな子たち、つまり学校の成績は悪くないのになぜか大学進学しない(と私には思えた)環境で育った子どもたちの姿と重なります。

小説では、家に育てられて脱落した翔と、社会に育てられて成功した珠緒という、恋人同士なのに対照的な二人が鮮やかに描かれていて、すっかり引き込まれてしまいました。
珠緒が由美子の鼻を明かすという意味では(相手の価値観に合わせすぎなので)もうちょっとひねりがほしいような気がするけれど、そこは22歳の女の子の素直な発想とも受け取れます。
由美子は自分勝手に思えるけど、子どもに投資した見返りを理想の充足という形で受け取りたいという気持ちはわからなくもないです。
(だいたい日本人で、価値観は古いくせにこんなにはっきり自分の思い込みと要求内容を語る人はさすがに少数派な気がします。)

となると、いちばん感情移入しづらいのはやっぱり翔ということになりますね。
私ももはや若者なのかどうかあやしい年齢になってきましたが、おそらく作者もこの青年の心情描写は手探りだったんじゃないかと思えます。
一方で、無気力な若者とか言うけどこんな人はじつは昔からいたのではないかという気もします。
月収15万でもやっていけるからいいというメンタリティは、正直私には理解できません。
15万しかもらえないから、その範囲でつつましく生活する中にも喜びを見つけるというのなら理解できます。
でも結果が15万なのと希望が15万なのはまったく意味がちがう・・・。
その金額では失業にも老後にも備えられないのだから。

私と弟たちも、多少の個人差はあったにせよ同じ親に同じ環境で育てられて、上の弟だけ特別に母を悩ませたというのは、家の教育でできることなど限られているという意味なのかもしれません。


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